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知っ得コラム

認知症や高齢者の性格変化を踏まえたコミュニケーション術

医療社団法人山手クリニック リオクリニック 副院長 富岡義仁

2025.06.02(月)

高齢者とのコミュニケーションは、介護を担う家族や介護士にとって大きな課題の一つです。特に、加齢や認知症の進行に伴い、性格や行動の変化が見られる場合、以前と同じような対応ではうまくいかないことがあります。このような変化を理解し、適切に対応することで、相手との信頼関係を深め、スムーズな介護を実現することが可能です。

ここでは、認知症や高齢者の性格変化を考慮しつつ、効果的なコミュニケーション方法と実践のポイントを具体的に解説していきます。


認知症や高齢者の性格変化とは?


高齢者の性格や行動の変化にはいくつかの要因があります。加齢による身体的・精神的な変化に加え、認知症の進行がそれらを加速させることも少なくありません。脳の構造変化を伴うものでもあり、本人は気づかないまま変わってしまうため、本人にとっては周囲の反応が変わるようにもなり、不安を感じます。以下は、よく見られる変化の例です。

1. 感情の起伏が激しくなる

高齢になると、感情をコントロールする力が弱まることがあります。これにより、些細なことで怒りっぽくなったり、逆に涙もろくなることが見られます。認知症の場合、些細な不安や混乱が大きな苛立ちや恐怖に発展するケースもあります。

2. 頑固になる

慣れ親しんだ環境や生活習慣に固執し、新しい提案や変化を受け入れにくくなることがあります。これは、高齢者が「自分のコントロール感」を守ろうとする自然な反応です。

3. 被害妄想や疑念

認知症の進行により、記憶が曖昧になったり、物事の因果関係を正しく理解できなくなると、「物を盗まれた」「悪口を言われている」といった被害妄想が現れることがあります。医学的にも「物盗られ妄想」と呼ばれるものです。これにより、周囲の人々への疑念が強まることがあります。

4. 社会性の低下

以前は社交的だった方が、閉じこもりがちになり、他者との交流を避けるようになることがあります。認知症の場合、会話の内容を理解するのが難しくなり、それが負担となって他者と話すことを避ける原因になる場合もあります。

5. 感情の鈍化や無関心

趣味や以前楽しんでいた活動への興味が薄れ、無気力になったり、周囲の出来事に無関心になることがあります。これは、認知症やうつ病が影響している可能性があります。


性格変化に対応した基本的なコミュニケーションの姿勢


高齢者の性格変化に対応するには、相手の心情を理解し、柔軟に接することが求められます。以下の基本姿勢を心がけることで、円滑なコミュニケーションが可能になります。

1. 変化を否定しない

高齢者の性格の変化を「以前と違う」と否定するのではなく、「今のその人」を受け入れる姿勢が大切です。変化を受け入れることで、相手も安心感を持ちやすくなります。

2. 感情を受け止める

怒りや悲しみといった感情の変化が見られる場合、その感情を否定せず、「そう感じるのも無理はないですね」と受け止めることが重要です。感情を言葉で表出させること自体が、相手の不安やストレスを和らげる効果を持ちます。

3. ゆとりを持った対応を心がける

高齢者が頑固になったり、指示に従わない場面でも、焦らず根気よく説明することが大切です。何か提案をする際には、選択肢を提示して相手に「決定権」を持たせることで、拒否感を和らげることができます。

4. 過去の記憶や経験を尊重する

高齢者の中には、現在の出来事よりも過去の記憶に強く執着する方がいます。その場合、「昔話を聞かせてください」といった形で、相手の記憶や経験を引き出す会話を心がけましょう。これにより、自尊心を支え、安心感を与えることができます。

5. 繰り返しを恐れない

認知症の方との会話では、同じ質問や話題が繰り返されることがあります。「また同じ話」と思わず、その都度新鮮な気持ちで応答するように心がけましょう。


実践的なコミュニケーションの工夫


1. 怒りっぽい方への対応

怒りやすい性格変化が見られる場合、相手を刺激しないことが第一です。声のトーンを落とし、落ち着いた態度で「どうしましたか?」と尋ねることで、相手が安心して話せる状況を作ります。また、怒りの原因が環境の変化や不安感にある場合は、それを取り除く工夫をしましょう。

2. 被害妄想が強い方への対応

「物を盗まれた」といった被害妄想がある場合、否定せずに「一緒に探してみましょう」と寄り添う姿勢を見せることが大切です。相手の不安感を和らげるために、物の位置を固定するなど、環境を整える工夫も有効です。

3. 社会性が低下した方への対応

閉じこもりがちな方には、無理に外出を促すのではなく、まずは室内で楽しめる活動(折り紙や歌など)を提案しましょう。その中で少しずつ会話が生まれ、気分転換につながることがあります。

4. 感情を表出しにくい方への対応

感情が鈍化している場合、「どうしたいですか?」と聞くだけでは反応が得られないことがあります。具体例を示しながら、「AとB、どちらがいいですか?」と選択肢を提示することで、応答を引き出すことができます。


認知症の進行ごとのアプローチ


認知症の進行度に応じてアプローチを変えることも重要です。

・軽度認知症の場合

記憶力の低下が主な症状となるため、メモや写真を活用して会話を補助します。「昨日の食事はどうでしたか?」ではなく、「昨日はカレーをたべましたね」と具体的な内容を伝えることで、相手が思い出しやすくなります。

・中等度認知症の場合

判断力や認識力が低下するため、質問や指示は短く簡潔に伝えます。「靴を履いてください」ではなく、「これを履きましょう」と靴を手渡しながら視覚的に伝えると効果的です。

・重度認知症の場合

言葉での意思疎通が難しい場合は、スキンシップや表情で感情を伝えます。握手や肩に手を置くなどの身体的な接触は、安心感を与えることができます。


最後に


認知症や高齢者の性格変化に対応するには、柔軟性と忍耐力が求められます。変化に戸惑うこともあるかもしれませんが、それを「その人らしさの一部」として受け入れることで、より良い関係を築くことができます。

介護を通じて生まれる毎日の会話は、単なる言葉のやり取りではなく、相手の心に寄り添う貴重な時間です。その時間を大切にしながら、共に支え合う関係を育んでいきましょう。


富岡義仁
医療社団法人山手クリニック リオクリニック 副院長
整形外科専門医
国際オリンピック委員会公認スポーツドクター
トップアスリートから子ども、高齢者まで幅広く診療を行う。薬の処方だけでなく運動療法を通した症状の改善を目指している。

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