大阪公立大学 准教授 田中寛之
大阪公立大学大学院 リハビリテーション学研究科 特任研究員 中井俊輔
2026.07.27(月)
治る認知症について(正常圧水頭症と慢性硬膜下血腫)
「認知症」と聞くと、「一度発症すると治らない病気」というイメージを持っている方が多いかもしれません。実際に、アルツハイマー型認知症などは、進行を完全に止めることが難しい病気とされています。しかし、認知症のような症状が現れていても、その原因を治療することで症状の改善が期待できる「治療可能な認知症」も存在します。
しかし、原因となる病気を見逃してしまうと、「年齢のせいだから仕方ない」「認知症だから改善しない」と考えられ、本来受けられる治療の機会を逃してしまう可能性があります。そのため、介護職やご家族が「いつもと違う変化」に気づくことは非常に重要です。
今回は、高齢者に比較的多くみられる、治療によって改善が期待できる代表的な疾患である「正常圧水頭症」と「慢性硬膜下血腫」について解説します。
正常圧水頭症(Normal Pressure Hydrocephalus:NPH)
正常圧水頭症は、脳や脊髄の周囲を流れている「髄液(ずいえき)」という液体がうまく吸収されず、脳の中に少しずつたまることで起こる病気です。脳室と呼ばれる場所が広がり、その影響で脳が圧迫され、歩行や認知機能、排尿機能に障害が現れます。主に高齢者に多くみられ、70歳以上で発症することが多いとされています。
主な症状
正常圧水頭症には、次の3つの症状が特徴的です。
① 歩行障害
・歩き始めの一歩が出にくい
・小刻み歩行になる
・足が床に貼り付いたように動かしにくく感じる
・方向転換が苦手になる
・転倒しやすくなる
② 認知機能の低下
・反応が遅くなる
・集中力が低下する
・意欲がなくなる
・ぼんやりしている時間が増える
③ 尿失禁
・トイレが間に合わない
・急に尿意を感じる
・失禁が増える
慢性硬膜下血腫(Chronic Subdural Hematoma : CSDH)
慢性硬膜下血腫は、頭部を軽くぶつけた数週間から数か月後に、脳を包む膜(硬膜)の下へゆっくりと血液がたまる病気です。高齢者では加齢により脳がやや萎縮しているため、小さな衝撃でも血管が切れやすくなります。また、本人が頭をぶつけたこと自体を覚えていない場合も少なくありません。
起こりやすい人
・高齢者
・転倒したことがある人
・血液をサラサラにする薬を飲んでいる人
・飲酒習慣がある人
などは注意が必要です。
主な症状
・物忘れ
・判断力の低下
・歩行障害
・手足の麻痺
・頭痛
・ぼんやりする
・眠気が強い
・性格の変化
・会話が減る

認知症との違い
正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫は、アルツハイマー型認知症とは異なり、原因となる病気を治療することで、症状の改善が期待できます。そのため、次のような変化があれば「認知症だから」と決めつけず、医療機関への相談を検討しましょう。
・数週間から数か月で急に物忘れが進んだ
・急に歩き方が変わった
・転倒後から様子が変わった
・尿失禁が急に始まった
・頭痛や手足の麻痺がある
・日中の眠気やぼんやりした様子が目立つ
このような「急激な変化」は、治療可能な病気を疑う大切なサインです。
介護をするうえでのポイント
介護職やご家族は、日頃から「いつもと違う変化」に気付ける最も身近な存在です。
例えば、
・歩く速度が急に遅くなった
・椅子から立ち上がりにくくなった
・転倒する回数が増えた
・会話が減った
・以前より表情が乏しくなった
・トイレの失敗が急に増えた
このような変化を記録して医師に伝えることは、診断の大きな助けになります。また、転倒歴や服薬状況(特に抗凝固薬・抗血小板薬)は重要な情報です。受診時にはできるだけ詳しく伝えましょう。

少しだけ専門的なお話
正常圧水頭症は、日本では高齢化に伴い患者数が増加していると考えられています。画像検査だけでは診断できないこともあり、歩行評価やタップテストなどを組み合わせて総合的に判断されます。
一方、慢性硬膜下血腫は高齢者の転倒増加に伴って頻度が高まっています。軽微な頭部外傷でも発症するため、「ぶつけた覚えがない」という患者さんも少なくありません。どちらの疾患も、適切な治療によって歩行能力や認知機能、日常生活動作(ADL)の改善が期待できることが、多くの研究で報告されています。そのため、「治療可能な認知症」の代表的な疾患として、医療・介護の現場で重要視されています。
まとめ
認知症のような症状がみられても、その原因が正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫であれば、適切な治療によって改善する可能性があります。「年齢だから仕方がない」「認知症だから治らない」と決めつけず、症状の現れ方や変化のスピードに注目することが大切です。
特に、「歩き方が急に変わった」「転倒後から様子がおかしい」「物忘れが短期間で進んだ」といった変化は、早めの受診が勧められます。介護職やご家族が日頃の様子をよく観察し、小さな変化に気づき、医療につなげることが、本人の生活の質(QOL)を守る第一歩となります。
参考文献
・日本神経学会監修『認知症疾患診療ガイドライン』
・日本脳神経外科学会『特発性正常圧水頭症診療ガイドライン』
・Relkin N, et al. Diagnosing idiopathic normal-pressure hydrocephalus. Neurosurgery. 2005.
・Santarius T, et al. Use of drains versus no drains after burr-hole evacuation of chronic subdural haematoma. Lancet. 2009.

田中寛之(Tanaka Hiroyuki)
大阪公立大学 医学部 リハビリテーション学科 作業療法学専攻 准教授
高齢者・認知症の人の認知機能や生活行為などの医療・介護現場での臨床と研究に従事。
2020年より、弊社と認知症グッドプラクティスシステムの共同研究開発を実施中。

中井俊輔
大阪公立大学大学院 リハビリテーション学研究科 特任研究員