大阪公立大学 准教授 田中寛之
大阪公立大学 大学院生 後迫春香
2026.02.24(火)
わたしたちが日々の生活で「記憶」と呼んでいるものは、実はひとつではありません。記憶にはさまざまな種類があり、それぞれが異なる役割を果たしています。たとえば、昨日食べた夕食を思い出す記憶と、自転車の乗り方を忘れない記憶は、まったく別の仕組みで脳に保存されています。今回は、そんな「記憶の種類」についてご紹介していきます。
記憶の基本プロセス:覚える・保つ・思い出す
記憶は大きく「記銘(覚える)」「保持(保つ)」「想起(思い出す)」の3段階で成り立っています。情報を取り込み、それを脳内に保存し、必要なときに取り出すという一連の流れがスムーズに働くことで、私たちは日常生活を問題なく送ることができます。
そして、出来事を「記銘」するためには、その瞬間にその出来事に注意が向いていたかどうか、また、その日の睡眠や感情の状態なども影響すると言われています。一度記憶したはずのものが思い出せなくなっているのか、あるいは、そもそも最初から記憶することができていなかったのかによって、3つの段階のうち、どの部分がうまく機能していないのかが異なります。

即時記憶・近時記憶・遠隔記憶
記憶の分類方法として、「即時記憶・近時記憶・遠隔記憶」という枠組みが用いられることがあります。これは記憶の保持時間と、覚えてから思い出す前の間に干渉(他のことに意識を向ける状態)があるか否かに着目した分類で、認知症の評価においても重要視されています。以下にそれぞれの定義と特徴を解説します。
① 即時記憶
定義:覚えた直後に想起される記憶で、干渉を挟まず、情報が意識上に保持されている状態です。
保持時間:数秒〜数十秒程度
例:3つの単語(例:桜・猫・電車)を提示して、すぐに復唱する場面
特徴:即時記憶は、多くの認知症患者でも保たれていることが多く、比較的障害されにくいとされています。
② 近時記憶
定義:覚えた後、ある程度時間が経過してから想起される記憶です。干渉を受けるため、情報は一旦意識から消えた状態となります。
保持時間:数分〜数時間、場合によっては数日〜数ヶ月
例:数分後に、先ほど提示した単語を再度尋ねる場面
特徴:アルツハイマー型認知症の初期段階で、最も障害されやすい記憶領域です。「短期記憶」と表現されることがあり、即時記憶と近時記憶の両方を含めて短期記憶と呼ぶ場合もあります。
③ 遠隔記憶
定義:数ヶ月〜数十年前の記憶です。近時記憶と同様に干渉を受け、情報は一度意識から消えますが、繰り返し想起されることで保持されやすくなります。
保持時間:数年〜数十年
例:学生時代の出来事や過去の仕事内容など
特徴:認知症が進行すると障害されやすくなりますが、初期段階では比較的保たれていることが多い記憶です。

この分類を踏まえると、たとえば、80歳ごろから近時記憶が苦手になった方の場合、若い時の記憶については比較的スムーズに思い出せる一方で、数日以内に起こった出来事や、昨日誰かとした約束については思い出せない、といった現象がみられることがあります。

陳述記憶と非陳述記憶
また別の視点として、記憶内容による分類もあります。記憶は「陳述記憶」と「非陳述記憶」に大別され、「陳述記憶」は出来事の内容など言葉で説明できる記憶、「非陳述記憶」は言葉で説明しにくく、いわば身体で覚えるタイプの記憶です。これらも、認知症や脳卒中などによる脳機能障害によって、一部分だけが苦手になることがあります。
● 陳述記憶
① 意味記憶
事実や知識に関する記憶です。
例:「日本一の山は富士山」「犬は哺乳類」
② エピソード記憶
自分が体験した出来事の記憶です。
例:「昨日の夕食の内容」「子どもの頃の誕生日に旅行した思い出」
● 非陳述記憶
① 手続き記憶
技能や動作に関する記憶で、意識しなくても体が自然に動くようになります。
例:自転車の乗り方、キーボードのタイピング
② その他
刺激に慣れることでその後の反応が変化する「プライミング」や、学習によって反応が形成される「条件づけ」も非陳述記憶に含まれます。
プライミングの例:「りんご」について話題にした後では、「果物」「赤」などの関連した概念に意識が向きやすくなります。
条件づけの例:有名な実験「パブロフの犬」では、餌を与える際に繰り返しベルを鳴らすことで、やがてベルの音だけで唾液が分泌される反応が起こるようになります。

まとめ
記憶は単なる「覚える力」ではなく、今回ご説明したような複数のシステムが連携して働くことで成り立っています。
また、記憶の一部は、繰り返し(リハーサル)や強い印象によって遠隔記憶へと移行します。さらに、睡眠や感情、注意の向け方なども記憶の定着に大きく影響するといわれています。
これらの仕組みを理解することで、目の前の利用者の方やご家族が「どのような」記憶の能力を苦手としているのかが見えてきます。それは、よりその方に寄り添った関わり方を考えるための、ひとつのきっかけになるかもしれません。

○参考・引用文献
・藤井俊勝. 記憶とその障害. 高次脳機能研究 (旧 失語症研究), 2010, 30.1: 19-24.
・Biological Psychology. (n.d.). 8.2 Types of Memory. In Rote Learning Pressbooks.(2026/1/10参照):https://rotel.pressbooks.pub/biologicalpsychology/chapter/8-2-types-of-memory/

田中寛之(Tanaka Hiroyuki)
大阪公立大学 医学部 リハビリテーション学科 作業療法学専攻 准教授
高齢者・認知症の人の認知機能や生活行為などの医療・介護現場での臨床と研究に従事。
2020年より、弊社と認知症グッドプラクティスシステムの共同研究開発を実施中。

後迫春香
大阪公立大学大学院 リハビリテーション学研究科 大学院生