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知っ得コラム

ありもしないことを訴える利用者への対応のコツ 行動心理症状対策シリーズ

大阪公立大学 准教授 田中寛之
大阪公立大学 大学院生 天眞正博

2025.04.28(月)


はじめに


皆さんは認知症の利用者が「財布をとられた!」など、ありもしないことを訴える場面に遭遇することはありますか?

これらの言動は行動・心理症状(BPSD)とよばれる認知症に伴う精神的な症状の一つで、「ものを取られた」「誰かが自分を見ている」「いじめられている」などの言動として現れることがしばしばあります。

このような状況に適切に対応することで、利用者の不安や不満を減らし、ケアの質を向上させることが可能です。今回は、こうした状況にどのように対応するか、その具体的なコツや対応方法について解説します。


主な原因と理解


「ありもしないことを訴える」行動は、認知症の進行に伴って見られることがあります。その背景には認知症による記憶力の低下や思考力の減退、判断力の低下、それに伴う不安感や心理的ストレスなどが関係しています。

例えば、記憶が曖昧になる結果、自分のものが見当たらないと「誰かに取られた」と感じることがあります。これは本人にとっては現実であると考えており、決して周りの人を困らせようと思っての言動ではありません。この「相手の心情」を理解しようとする態度が、適切な対応を考える上で重要です。


否定せず共感を示すことの重要性


認知症の利用者が「ものを取られた」と言った際に、直接的に否定することは避けましょう。「取っていないよ」「そんなことないですよ」といった否定的な反応は、利用者にさらなる不安や不信感を与える可能性があります。

その代わりに、「それは不安でしたね、一緒に探してみましょう」といったように一度相手の気持ちを受容して、行動を共にすることで、安心感を提供できることがあります。このように共感を示すことで、利用者は「自分の気持ちが理解されている」と感じ、不安が減少します。

ただ、スタッフ側の言葉かけに気持ちがこもっていないと利用者の不安も減少しませんので、「適当に相手をする」のではなく、気持ちを理解しようとすることが大切です。


人が見ていると言う場合の対応


「誰かが自分を見ている」と妄想的な言動があった場合でも、まず共感を示すことが重要です。

「それは不安になりますよね」と声をかけた上で、「どこから見ていそうですか、私も一緒に確認しますね」「一人で部屋にいるのではなく、私たちと一緒に少し過ごしませんか」など、と声をかけることが利用者の安心感につながります。

その後、周囲を確認して「大丈夫ですよ。誰もいませんね」と伝えることで利用者の不安を和らげることができます。


観察と環境調整


「ありもしないことを訴える」場合、環境やストレスの影響で悪化することがあります。例えば、部屋の照明が暗すぎたり、不規則な音が聞こえる環境は、不安を強める要因となります。そのため、利用者の生活環境を整えることが重要です。部屋の明るさを適切に保つ、余計な雜音を減らす、日常のルーティンを徹底するなどの工夫が、不安の減少に繋がります。

また、記憶力の低下を補えるように利用者が過ごしている部屋にカレンダーや時計を置いたり、安心して過ごしてもらえるように家族からの手紙や利用者の馴染みのあるものを置くことも大切です。


おわりに


認知症の利用者が「ありもしないことを訴える」場合、その対応として我々は協力者として正しい情報を伝えるだけではなく、利用者の気持ちに向き合い、安心感を提供する姿勢が重要です。否定せずに共感を示すことで、不安を軽減し、日常生活の質を向上させることが可能です。

こうした対応の積み重ねが、認知症の利用者が安心して生活できる環境づくりにつながります。今回紹介したコツを日々のケアに取り入れることで、より良い支援が提供できることを願っています。

 


田中寛之(Tanaka Hiroyuki)
大阪公立大学 医学部 リハビリテーション学科 作業療法学専攻 准教授
高齢者・認知症の人の認知機能や生活行為などの医療・介護現場での臨床と研究に従事。
2020年より、弊社と認知症グッドプラクティスシステムの共同研究開発を実施中。

 

天眞正博
大阪公立大学大学院 リハビリテーション学研究科 大学院生

 

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