知っ得コラム

家の中が一番危ない?|高齢者の転倒予防と自宅でできる安全対策

医療社団法人山手クリニック リオクリニック 副院長 富岡義仁

2026.08.10(月)

前回は、「最近つまずきやすくなった」という変化は、単なる年齢のせいだけではなく、体からのサインかもしれないというお話をしました。

では実際に転倒はどこで起こるのでしょうか。

「外の階段や道路の方が危ない」と思われる方は多いかもしれません。しかし、整形外科外来で転倒した場所をお聞きすると、「家の中です」と答えられる方が少なくありません。

「夜中にトイレへ行く途中で転んだ」「居間で立ち上がろうとしてバランスを崩した」「廊下でつまずいた」。こうしたお話は決して珍しいものではありません。

特に、夜中のトイレへ向かうときや、靴下を履くときの転倒はよく耳にします。


日本ではどれくらいの方が転倒しているのでしょうか?


「転倒」は決して珍しい出来事ではありません。

日本の研究では、地域で生活する高齢者の約10〜25%が、1年間に少なくとも1回は転倒すると報告されています。介護施設などで生活している高齢者では、その割合はさらに高くなることが知られています。

さらに、転倒した方の約半数以上は何らかのけがを負い、約6〜12%は骨折に至るとされています。

また、高齢者の転倒・転落は骨折や頭部外傷を引き起こし、介護が必要となる原因の一つであるとされており、注意喚起されています。(骨粗鬆症については以前のコラムでもご紹介しています。よろしければ、あわせてご覧ください。)

📝 骨粗鬆症の概要:高齢者ケアにおける重要性
📝 骨粗鬆症の診断と治療:高齢者の健康を守るために

つまり、「まだ転んだことがないから大丈夫」ではなく、「転ぶ前に備える」ことが何より重要なのです。

家の中は毎日生活する場所です。段差の場所も家具の配置も分かっているため、一見すると安全に思えます。しかし、その「慣れ」が思わぬ油断につながることがあります。

転倒は、「筋力が落ちたから起こる」という単純なものではありません。多くの場合、いくつもの要因が重なって起こります。

例えば、少し足が上がりにくくなっていたところへ、床に置いてあった新聞につまずく。夜中で部屋が暗く、急いでトイレへ向かっていたため、とっさに体勢を立て直せなかった。このように、小さな出来事が積み重なって転倒につながるのです。夜間救急当直を行っていた頃は、夜中に救急車で来院される方は非常に多くいらっしゃいました。

年齢を重ねると、筋力だけでなく、バランス能力や反応速度、視力、足裏の感覚なども少しずつ変化します。そのため、若い頃なら何ともなかった数センチの段差や、少し滑りやすい床でも転びやすくなります。

だからこそ、転倒予防では「筋力をつけましょう」だけでは十分ではありません。もう一つ大切なのが、「転びにくい環境をつくること」です。

実は、自宅の環境を少し見直すだけでも、転倒の危険を減らせることが分かっています。どれも特別な工事ではなく、今日から始められる工夫ばかりです。大がかりなリフォームをしなくても、今日からできる工夫はたくさんあります。

後半では、自宅の中でも特に転倒が多い場所ごとの対策と、ご家族や介護士さんだからこそ気づけるサイン、そして整形外科でどのようなサポートができるのかについてお話しします。

必要に応じて、手すりの設置や住宅改修には介護保険が利用できる場合があります。ケアマネジャーさんや市・区役所にご相談してみてください。


自宅の中でも特に気をつけたい場所


寝室

夜中にトイレへ行くために起きたときは、転倒が起こりやすい場面の一つです。

寝起きは血圧が変化しやすく、まだ体が十分に目覚めていません。さらに部屋が暗いと、足元の小さな障害物にも気づきにくくなります。

ベッドから急に立ち上がるのではなく、一度腰掛けて数秒待ってから立ち上がるだけでも、ふらつきを防ぎやすくなります。また、足元灯を設置しておくことや、通路に物を置かないことも大切です。

トイレ・浴室

トイレや浴室は、転倒による大きなけがにつながりやすい場所です。

浴室は床が濡れて滑りやすく、また浴槽をまたぐ動作では片脚立ちになるため、バランスを崩しやすくなります。

滑り止めマットや手すりの設置はもちろんですが、「急がない」ことも大切です。特に冬場は寒暖差による血圧変動も起こりやすいため、脱衣所を暖かくしておくことも転倒予防につながります。

玄関

玄関では、靴を履く・脱ぐという動作で片脚立ちになる時間が増えます。

椅子に座って靴を履けるようにしたり、必要に応じて手すりを利用したりすることで、転倒の危険を減らせます。


「家だからスリッパ」は本当に安全?


ご自宅ではスリッパを履いている方も多いでしょう。

しかし、かかとのないスリッパは歩くたびに足とずれやすく、つまずきやすくなることがあります。

特に足の筋力が低下している方では、無意識のうちにスリッパを引きずるような歩き方になり、転倒の原因になることがあります。

もちろん、すべてのスリッパが危険というわけではありませんが、脱げにくく、足にしっかり合った室内履きを選ぶことが安心につながります。


家族や介護士さんが気づける変化


ご本人は「まだ大丈夫」と思っていても、周囲の人だからこそ気づける変化があります。

例えば、
• 家具につかまることが増えた
• 歩幅が以前より小さくなった
• 立ち上がるまでに時間がかかる
• 外出を避けるようになった
• 「転ぶのが怖い」と話すようになった

このような変化は、「年齢だから」と片付けるのではなく、転倒リスクが高まっているサインかもしれません。


整形外科でできること


「転んで骨折してから病院へ行く」と思われがちですが、整形外科では転倒を予防するための相談もできます。

歩き方や筋力、関節の動きなどを確認し、必要に応じてリハビリテーションをご提案します。

リハビリでは、筋力を鍛えるだけでなく、バランス能力を高める運動や、転びにくい体の使い方も練習します。

また、膝や股関節の痛みが原因で歩き方が変わっている場合には、その治療を行うことが転倒予防につながることもあります。

「まだ歩けるから大丈夫」ではなく、「これからも歩き続けるために相談する」という考え方が大切です。


最後に


転倒予防というと、「筋力をつけること」が注目されがちですが、それだけではありません。

毎日過ごす家の環境を少し整えることも、大切な予防の一つです。

床の物を片付ける、夜間の照明を見直す、履物を工夫するなど、どれも今日から始められることです。

大切なのは、転んでから後悔するのではなく、転ぶ前に行動すること。

これからも自分らしく生活を続けるために、ぜひ一度、ご自宅の中を見直してみてください。



富岡義仁
医療社団法人山手クリニック リオクリニック 副院長
整形外科専門医
国際オリンピック委員会公認スポーツドクター
トップアスリートから子ども、高齢者まで幅広く診療を行う。薬の処方だけでなく運動療法を通した症状の改善を目指している。

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