高齢者の転倒予防:室内環境の整備と日常生活での注意点
医療社団法人山手クリニック リオクリニック 副院長 富岡義仁
2024.12.02(月)
転倒は高齢者の生活の質を著しく低下させる重大な問題です。特に骨粗鬆症を伴う高齢者では、転倒による骨折のリスクが高く、一度骨折すると寝たきりになるリスクも上昇します。今回は、介護に携わる方々に向けて、基本的な転倒予防対策についてお伝えします。
転倒による骨折の深刻さ
高齢者の転倒による最も深刻な合併症の一つが、脆弱性骨折です。これは、通常であれば骨折しないような軽度の衝撃で発生する骨折を指します。
医学的には①大腿骨頸部骨折、②脊椎圧迫骨折、③橈骨(とうこつ)遠位端骨折、④上腕骨近位部骨折の4つを指しますが、特に問題となるのが大腿骨頸部骨折で、手術を要することが多く、術後のリハビリテーションも長期化します。
さらに重要な点として、大腿骨頸部骨折後の1年以内死亡率は約20%にも上ることが知られています。この数字からも、転倒予防がいかに重要かがお分かりいただけるでしょう。以前の骨粗鬆症や栄養のコラムもぜひ参考にご一読していただけますと幸いです。
転倒をしないためには、できるだけリスクを減らす外的要因としての環境づくりと、内的要因としての身体づくりが大切です。
室内環境の整備
床面の管理
- 段差の解消:できるだけ段差をなくし、必要な場合は傾斜をつける
- 滑り止めの設置:特に浴室、トイレ、玄関など水気の生じやすい場所
- 床材の選択:過度に滑りやすい材質は避ける
- コード類の整理:電気コードなどは壁際に固定
照明環境
- 十分な明るさの確保:特に夜間のトイレ動線
- 足元灯の設置:夜間の移動時の視認性向上
- スイッチの位置:入り口と出口の両方に設置
家具の配置
- 動線の確保:通路幅を十分に取る(最低80cm以上)
- 手すりの設置:階段、廊下、トイレ、浴室など
- 家具の固定:転倒防止と支持物としての安全性確保
介護度によっては自宅改装に行政からの資金援助がありますので、ご相談してみるのも良いかもしれません。
日常生活での注意点
服装・履物
- 適切なサイズの履物選択
- かかとのある、滑りにくい靴の使用
- 裾の長すぎる衣服を避ける
一般的なことではありますが、十分な注意が必要です。特にこれからの季節は分厚い靴下を履くことも多いですし、暖房で頭がボーっとしやすい季節でもあります。
生活習慣
- 急な立ち上がりを避ける(特に起床時や排泄後)
- 規則正しい排泄習慣の確立
これらは起立性低血圧や神経調節性失神を避けるために重要です。
排泄後は特に副交感神経が優位になっており、気を失ってトイレのドアに受け身を取れずに頭からぶつかり、頚椎損傷となった方もおります。急がず、一息ついてからゆっくり立ち上がりましょう。 - 適度な運動による筋力維持
- 十分な睡眠と休養
服薬管理
- 降圧薬などによる起立性低血圧への注意
- 睡眠薬の適切な使用
- 定期的な服薬内容の見直し
転倒リスクを高める整形外科領域の薬剤としては以下のようなものがあります。
プレガバリン(リリカ)・タリージェ:
しびれに使うお薬で、めまい、眠気、ふらつきの副作用があります。
トラマドール(トラマール):
強力な鎮痛薬で、めまい、眠気、吐き気の副作用があります。
筋弛緩薬:
肩こり等で使うことがあります。眠気、脱力感に注意しましょう。
これらの薬剤は、特に高齢者では慎重な投与が必要です。
また、抗ヒスタミン薬や向精神薬など注意が必要な他科の薬剤がありますので、飲み合わせには注意しましょう。わからないことはかかりつけ医にぜひ相談してみてください。
転倒リスクの評価
以下の項目に該当する場合、特に注意が必要です。
- 過去1年以内の転倒歴
- 視力・聴力の低下
- 複数の薬剤使用
- 認知機能の低下
- 歩行・バランス機能の低下
- 骨粗鬆症の存在
以前のコラムでの、骨粗鬆症やロコモチェックのお話をぜひご参考ください。
予防的なアプローチ
運動療法
- バランス訓練
- 下肢筋力強化
- 歩行訓練
これらを定期的に実施することで、転倒リスクを30-40%低減できるとされています。
栄養管理
- 適切なカルシウム摂取(1日800mg以上)
- ビタミンD補給
- 適正な体重の維持
定期的な健康診断
- 骨密度検査
- 視力・聴力検査
- 服薬内容の見直し
緊急時の対応準備
- 緊急通報システムの設置
- 連絡先リストの掲示
- 携帯可能な通信機器の常備
運動療法においては、適応があれば通所リハビリなども考慮に入れても良いかもしれません。
ご自宅もしくは施設で行うことができるエクササイズもたくさんありますが、その中でも非常に重要な下半身の筋力を安全に鍛えられる整形外科学会おすすめの体操をご紹介いたします。
参照:https://www.joa.or.jp/public/pdf/knee_osteoarthritis.pdf
転倒予防は、環境整備と日常的な注意の両面からのアプローチが必要です。特に重要なのは、「転倒しそうになった」というサインを見逃さないことです。こうした「ヒヤリ・ハット」の経験は、より深刻な事故を防ぐための重要な警告であり、その都度、原因を分析し、対策を講じることが重要です。
また、介護する側の方々も、定期的に室内環境を見直し、必要に応じて改善を行うことを習慣化してください。転倒予防は、決して一度の対策で完結するものではなく、継続的な観察と改善の積み重ねが必要です。
富岡義仁
医療社団法人山手クリニック リオクリニック 副院長
整形外科専門医
国際オリンピック委員会公認スポーツドクター
トップアスリートから子ども、高齢者まで幅広く診療を行う。薬の処方だけでなく運動療法を通した症状の改善を目指している。